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情報パッケージとしてのコピペブログコピペブログについて徒然に考えたことをメモしてみる。
最大公約数だけではないメディア、TwitterTwitterの個々のユーザの価値。理想としては「総じてフラット」であることが新たな可能性を生み出すのかもしれないけれど実際はそうはいかない。しかし、一部のユーザが影響力を持つことによってTwitterは変質してしまうのだろうか?
島田紳助の分析「なぜヨン様は日本で受けたか」から「テレビ」という劇場が消失した現在、そして未来まで今のTVは過度に邪ま(よこしま)だ。
Twitterやニコニコ動画ができる4年前から「同期的コミュニケーション」の楽しさを実現していた「実況板」とは実況板住民は貪欲だ。国会中継も人が集まるし、放送事故とみるとどっと人が沸く。深夜のカラーバーまで実況の対象だ。リアル同期を可能とする実況板、ニコニコ動画を生み出した実況板にはにはなにかまだ他のものを生み出す可能性があるように感じられてしょうがない。