最近僕は時間が出来るとPS3のオンライン機能を利用したゲームをしている。そのゲームはサッカーのゲームで「Winning Eleven 2009」という。
そのゲームで主に僕が遊んでいるモードが「LEGENDS」というモードだ。
「LEGENDS」では見知らぬ(ときには知り及んだ仲の)4人が集まって、1つのチームのメンバーとして協力プレイをする。
遠く離れた地域に住むもの同士が、1つのフィールドで協力して対戦をする。僕が子どもの時には「未来にはこんなことができたらいいな」と思われていたであろう形態で僕はその「Winning Eleven 2009」をプレイしている。
ゲーム中のやり取りは「デモチャット」というあらかじめ用意されたチャットメッセージをショートカットキーを入力することによって行う。
そのチャットの大半を占めるのが「ごめん」と「ナイスプレー!」だ。
1試合5分ハーフの合計10分に及ぶ試合。
普段からやり慣れている仲間同士(しかも腕前が相当の人)ならともかく、偶然集まった4人でプレーするというのは中々難しい。
しかもゲームの難度は、暗黙の了解で「スーパースター(最高難度)」を選択することが決まっているので、当然ボールロストやミスパスも試合中何度も経験することになる。
そこで発する言葉が「ごめん」だ。
それに対して「ナイスプレー!」と残りのプレーヤーが声をかけることが、このゲーム中における「善意の表現方法」となっている。
「ドンマイ」というデモチャットもあるのだが、誰からともなく使うのをやめてしまった。やや「上から目線」のニュアンスを感じ取った人が多かったからであろう。
そんな多くの暗黙の了解が存在する「Winning Eleven 2009」のLEGENDSモードを僕は今日もプレイしていた。
オンラインでの試合数も300ほどを数え、普通の人なら当然、相当の腕になっているはずなのだが、僕はからきし下手だ。
下手なのだが懲りずにプレイする。このゲームにおいて4人の意思が絶妙にマッチしてゴールを挙げたとき(たとえそれが自分の得点ではなくても)の喜びは、とてつもないものなのだ。
しかし寄せ集めの4人でプレイするとなると、やはりプレイの齟齬も多く生じる。惨憺たる負け試合を演じることもある。自分のボールロストから負けにつながる失点を喫することもある。
僕はとても下手なので、そういう役回りを演じることも多い。そのたびにデモチャットで「ごめん」と言いながら、腰を半ば浮かせ「あー・・あー・・」と言葉にならないうめき声をあげながらプレイしている。その様はとても異様なのだが、実際僕の家に来てくれれば見られる光景だ。
今日も、僕の部屋からそんなうめき声が漏れていた。ミスを重ねると、当然プレイの質も下がっていく。他の3人は愛想をつかしてないだろうか。もうボールを回してくれることはないのではないか。きっと僕の名前(オンライン上でのHN)は避けるべき対象として記憶されたのではないか。
引き分けでゲームを終えた試合後。ここではキーボードを用いて通常のチャットができる。
「ごめんなさい、僕のプレイ最悪でした」
僕は謝った。
愛想をつかされてるときはそんなメッセージが聞き届けられることなく、3人は方々に散り、別のメンバーを求めて、別のルームへと向かう。しかし今回は違った。
「わかちこ、わかちこですよ。」
メンバーの一人が言った。
「えっ?」
「ちっちゃいことは気にしないってことです!」
そのけったいな(不思議な)響きの言葉は不思議と僕の頭になじんだ。不意を衝かれたのか、その響きにあっけにとられていた頭には素直に「小さいことは気にしない」ということが刻まれた。
そんな言葉に救われて、そのプレイヤーと数試合協力プレイを重ねた。僕のプレイは冷静さを取り戻していた。
たかがゲームのオンライン対戦で、たかが娯楽で。と人は思うかもしれないが僕たちは結構熱を上げる。そしてさまざまな感情を経験する。
そこで彼から受け取った「わかちこ、わかちこ。」という言葉は不思議と僕の気持ちを安らかにした。
互いの顔を見ることができない「オンライン」という場で意思を交わす術は唯一ことばだけだ。だからこそ黙っていてはなにもわからない。
言葉というものはとても強い力を持っている。
それを操る僕らはとても慎重でなければならないし、
意に反してでもポジティブでいる必要があると思うんだ。人が発する言葉はフローとして空間に放り出されるものではなくて
ストックとして意識の中に蓄積されていくものなんだと思う。だから僕は人にはできるだけポジティブな言葉で語り続けたいと思う。
言葉を担保するものは人。同時に人を担保するのは言葉だ。
人を信頼するにはまずその人の言葉を信頼できなければ始まらない。


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