Jan 13

2009

ケータイにもモノとしてのぬくもりを

先日、高校3年生で来年度の大学への進学を決まった女の子に、入学祝いを贈った。magno社の製品であるコンパクトな木製のメジャーだ。

木はユニークで、完璧な素材のひとつです。

magno/木のメジャー 製品同梱の但し書きより

インドネシアのデザイナーでmagnoを立ち上げたSinggih.S.Kartono氏はこう言う。

Webデザインのショーケース(デザインの優れているサイトのサムネイルを集めたサイト)などをぼんやり眺めていても、「木」のマルチプレイヤーぶりには感心する。きわめて自然なグラデーションがかかっていて、決して同一のパターンは存在しない。

そんなことを考えていた折に、雑誌の広告でこんなやりとりを目にした。

吉村靖孝「腕時計タイプとか、イヤフォン型、指輪型なんかが考えられますけど、『今電話かけてます!』って言う記号はなくならないと思う。今の時点では、それは携帯電話そのものを耳にあてるという行為。携帯電話がより小さくなったら、指で電話の形を作って耳にあてるようになるとか(笑)」

クワクボリョウタ「僕はそんなに小さくならなくてもいいから、愛着を持てる対象になってほしいな、って思うんですよね。無垢の木や上質のレザーを使うとか......。今の携帯電話は『キズがつくと価値が下がる』類のものだと思う。それとは正反対で、キズが味になるっていうのはどうだろう。

BRUTUS 2008年12月15日号 DOCOMOの誌上広告より

記憶が正しければDOCOMOがamadanaとコラボレートしたケータイがあったような気がするけど。

そうそう、これだ。N507i

当時とても欲しかったのを覚えている。ただこのamadanaケータイは木目と現代の素材を組み合わせて、意趣を楽しむ"だけ"のような感じを受けたんだ。

googleさんに木のケータイについて聞いていたら、自分の欲求に素直にイメージを具象化している人がいてちょっと笑ってしまった。

日本の現在のケータイの売り方、ビジネスモデルでは長い間愛着を持って使ってもらうケータイってのはそぐわないのかな、って気もして寂しさを感じます。

使い捨てから離れて、長いライフサイクルでモノと付き合うって考えは「効率」や「利益」とはとても相性が悪いものだけど、普段良く使うものにはそんな贅沢があってもいいんじゃないかなと思った。

自然素材と現代的な製品を組み合わせることは、製品を「生きている」ものにするために体を与える儀式の一種です。

magno/木のメジャー 製品同梱の但し書きより