おめでとう、そしてありがとう山本昌。入団25年目にして200勝達成!


写真は7回表、二岡との対戦する山本昌

満員のナゴヤドーム。2008年8月4日。199勝目をあげた7月27日の試合でも200勝のことに自分からは話題にすることのなかった山本昌。そんな昌でも、9回まで投げきった今日。最後のバッターのラミレスを抑えてゲームセットがコールされた瞬間には笑顔に溢れた。全選手がベンチから飛び出す。真っ先に立浪だ。そして胴上げ。

ヒーローインタビュー。ナゴヤドームの観客から地鳴りのように歓声が上がる。その中には今日スタンドに息子の偉業達成を信じて足を運んだ両親の姿も見える。「実感がなくてキョトンとしている」昌はいつものように淡々とインタビュアーの言葉に答える。

プロ入り25年目にしての偉業。現代野球ではもう達成されることは少なくなるだろうと言われている記録、「通算200勝」。これを名古屋のファンの目の前で達成した。

最近引退した、桑田は入団5年で58勝をあげている。一方昌は入団5年で5勝。入団してからの4年間は勝ち星1つすらなかった。

1984年、日大藤沢高からドラフト5位で中日ドラゴンズに入団。入団当時、野球解説者だった星野仙一は「背番号が34で左投げというから『金田2世』と期待してブルペンを見に行ったが、ただの大柄な男で、あまりに不恰好なモーションでコントロールもない。球も130km/h前後しか出ないからがっかりした」と語っている。以後山内一弘監督時代は一軍登板がなく、1986年のシーズン最終戦で登板したのみで、星野仙一監督が就任した1987年はルーキー・近藤真一の存在で登板機会に恵まれなかった。

Wikipediaより

中日でもプレイしたサムスン・ライオンズの宣銅烈(ソン・ドンヨル)監督もこう発言している。

「1シーズン10勝すればエースといわれる今日、そのコンディション20年間ずっと維持して200勝を挙げるということは、一昔前ならあり得たかもしれないが、今日のような環境では相当大変だと思う。」

無事これ名馬という言葉が似合うだろう。先発ローテ入りした6年目からは20年間安定して登板数を重ねてきた。その後最多勝3回。大卒投手としてはありえない快挙。山本昌広投手、おめでとう、そしてありがとう。

「今日の勝ちは今日で終わりにして、次につなげようと思います。」昌はインタビューの最後をこの言葉で締めくくった。山本昌のシーズンはまだ終わっていない。

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